Production Note

胡蝶の夢

アジアが世界に誇る最高のコラボレーション実現

日本人俳優オダギリ ジョーと、韓国の鬼才監督キム・ギドクのコラボレーションは、韓国でも熱い注目を集め、第28回間国映画評論家協会賞の監督賞を受賞した。監督は、理想の俳優について「人間を、人生をよく理解している俳優」と語る。そのような俳優には何も説明することなく、シナリオを通じて自分の思いをすべて伝えることができるからだ。オダギリは監督が求めるものを完璧に備えた俳優だった。「彼は人間を、人生をよく理解している俳優だ。だから、俳優として、監督としてこれからの彼にもとても期待をしている」(キム・ギドク)。オダギリは監督や他の俳優と英語で交流し、韓国語を学びながら、作品に対する理解とイマジネーションを深めていったという。共演したイ・ナヨンは、そんなオダギリの姿勢に「俳優として大きな刺激を受けた」と語る。海外での撮影に臨んだオダギリが、壁を感じさせることなく、むしろ余裕をもって演技をしていたことに、彼女は驚きを感じていた。そのことによって、オダギリとイ・ナヨンは役柄同様に共鳴し、ぴたりと呼吸の合った緊迫感ある演技を見せている。

異なる言葉の壁を見事に乗り越え、神秘的な映像空間を生み出した斬新なアイディア

オダギリ ジョーが『悲夢』に出演すると聞いて、多くの人たちが関心を寄せたのは“言葉”の問題である。『ブレス』同様に『悲夢』でも言葉が喋れない役柄にするのか? あるいは、オダギリが韓国語で演技を披露するのか? しかし、本作で監督が見せたアプローチは、誰ひとり予想しなかった斬新な方法——それぞれが自身の言語を用いコミュニケーションをはかるというものだった。映画の冒頭で、異なる言語が衝突する様子にとまどいを覚えるかもしれない。しかし、時間が経過するにつれ、その対話はごく自然なものとして観る者の心に届いていく。“愛”を描く本作にとって、溢れ出るような感情表現は必須、そのためには、自身がもっとも自由にあやつれる言語=母国語を用いることが大事なのだと、キム・ギドクは考えていた。実際、劇中でジンがランに思いをぶつけるシーンは、オダギリの母国語である日本語で表現されることにより、苦しさや切なさをより色濃く見せている。

苦痛と幸福、夢と現実……、相反する概念を美しく融合する壮大な愛の物語

“愛”をテーマに数々の傑作を撮り続けてきたキム・ギドクは、愛にこだわる理由をこう説明する。「人は他人によって人生を変えられてしまう。特に、愛する人によって人生を変えられることは多い。その変化は、ときに新しい何かをもたらすが、ときにすべてを奪い去っていく。そうして、愛は人とは何であるかを教えてくれる。私にとって、愛とは“嫉妬”“憎悪”“憐れみ”“挫折”“悲しみ”、そして“幸福”である。つまり、愛こそが人生なのだ」。人は愛を知るがゆえに苦痛を感じ、また愛を知るがゆえに幸せを感じる。また、「胡蝶の夢」をモチーフに練り上げられた本作は、この故事成語の意味と同じように、愛が苦痛と幸福の境界を溶かし、さらに夢と現実の境界を溶かしていく美しいラストシーンを用意している。つまり、相反する概念が実は一体であるという思いこそ、キム・ギドクがこの映画を通じて描きたかった答えなのだ。「私自身もいま、幸せであると同時に不幸である。私にとって、そんな人生はとても辛いものだ。しかし、白と黒は同じ色なのである」

韓国の伝統美に現代的な洗練を加えた、観客を魅了してやまない幻想的な映像の数々

韓国の伝統美を見事にとらえた幻想的な映像の数々も見逃せない。京畿(キョンギ)道にあるポグァン寺で撮影されたシーンは、これまでも韓国伝統のロケーションの美しさを描き出してきたキム・ギドクの審美眼が、いかんなく発揮されている。また、オダギリ ジョー演じる印章彫刻師のジン、イ・ナヨン演じる服飾デザイナーのランが暮らす家屋は、ソウルの江北に位置する嘉会洞(カフェドン)にある昔ながらの韓屋を利用して撮影されている。どちらも実際の印章彫刻師、服飾デザイナーがアトリエとして使用している家を借りて撮影されたもので、趣ある古風な外観とどこか現代的な洗練が加わったインテリアの融合は、この作品に独特の美しさを加えている。